天智天皇の御代(668年〜672年)、中国より渡来した「法道仙人」という高僧が、諸国布教行脚の途中に兵庫県の播州という地に立ち寄りました。
そこは二つの大河の合流地点である貝野という場所で、播磨風土記にも登場し、又近くには縄文遺跡のある、古くから形成された比較的裕福な集落で、人の心が穏やかで文明も進んでいたことと、風光明媚であった事から初期日本仏教を布教するのに絶好の地と考えられ、法道仙人は、この地にお堂を建てて、釈迦如来像を自ら彫り、お祀りされたのが、法幢寺の開闢の謂れとされています。
兵庫県神崎郡神河町では最も古い寺院の一つとされています。
法幢寺の歴史