二、道元禅師(高祖常陽大師)

 




道元禅師は、西暦千二百年、京都のお公家さんの家にお生まれになりました。


両親を早くに亡くした道元様は、世の儚さを強く憂われ、比叡山にて出家、得度し、仏法を学ばれました。

しかし当時主流であった「一切衆生、悉有仏性」すなわち、人は皆仏になる性質を具えているという教えに疑問を抱かれました。


「皆が仏になれるのなら何故修行をする必要があるのか、真実の仏法はどこにあるのか」という疑問を参究する為に、二十四歳の時、中国(宋)に留学し、天童如浄禅師という方から、仏様より直伝の仏法を体得して来られました。


帰国後は精力的に正当な仏法を日本に広めるべく布教活動をなされました。


公家の庇護を受け、宇治に興聖寺を建立され、やがて皆様も一度は行かれた事がおありでしょう、越前に永平寺を建立されて、曹洞宗の根本修行道場とされました。

 

道元禅師の教えは、ただ一言、「只管打坐」、只々座禅をせよ、というものです。


座禅によって何かを得るのではない、只、座禅をする事がそのままで悟りの姿であるという教えです。座禅中、何か考えが起こっても、そのままにしておく。何も考えない。


それによって頭も体も三昧
(無我)の状態に至り、悟りの境地に近づくことができる、いや、その座禅をしていることそのものが悟りの姿であるという、凡人には辿り着けない世界です。


道元禅師の著書に、「正法眼蔵」が有ります。そこには、「仏道をならうというは、自己をならうなり。自己をならうというは、自己を忘れるなり。自己を忘れるというは万法に証せられるなり、万法に証せられるというは、自己の身心をして脱落せしめるなり」という、重大な一文が有ります。


これは、仏道をならうという事は、本来の自己、自分自身を確実に把握する事であるという教えです。
その為には自分が頭で考えたことや、書物等により学んだ言葉による思考を、座禅によって捨て去りなさいという事です。そうすれば、万法(自分を含めた一切の世界の現象)が、自分自身の事をおのずと映し出し、教えてくれます。
そうなれば、今まで囚われていた自我から解放され、真実の姿が見えてくる、すると自分自身というのは、他者との関わり合いの中の一要素に過ぎないのであって、自我がある事が自分を苦しめているのだという事が得心できる。「身心脱落」した状態になる事によって悟りに近づくことができる、と仰っているのです。


これが禅師の教えの要諦です。


また、日常の生活全てが修行であり、仏法の実践であるともお教えになりました。

それゆえに禅宗の修行道場では、一切の自我を捨てて、日常の生活、仕事(作務)、座禅、勤行をする事を叩き込まれます。


食事、睡眠、仕事は勿論、風呂に入る事、トイレに行く事、日常生活全てが修行であると教えられ、そのための事細かい規律を作り、弟子や修行僧に守らせました。


それは今自分が生きている一瞬が一大事の事であるから、今ここを大事にせよという教えです。

また、自分の生は親や先祖から与えられたもの、先祖の生もまた人知を超えた計り知れない存在から頂いて、一瞬の間だけこの世に留まる事を許されたものであるから、一つ一つの行いを少しも疎かにすることなく、この一瞬一瞬を生ききる事が肝要であり、それが仏の教えであると仰いました。

 

最後に道元禅師の宋での修業時代のエピソードを一つ紹介します。


禅師が宋の天童山で修行していたある日の事、真夏の日中、仏殿の前で茸を乾している一人の老僧と出会いました。灼熱の中、太陽は照り付け、熱せられた石畳からは陽炎が立ち上っていました。


道元は老師に問いました、


「そのような雑事は何も老僧がなされなくても、若い僧にさせれば良いでは有りませんか」と。すると老僧は言いました。


「他人にさせたのでは、自分がした事にならない」。


さらに道元は問いました。


「では何故この炎天下にそのような事をする必要があるのですか」と。


老僧は答えました。


「今やらずにいつやるのか」と。

 

道元はこの老僧との問答に仏道の神髄を見出し、老僧に深く感謝したというお話です。

今ここ、この瞬間にで、自分がなすべき事を一生懸命になす事が、悟りに至る道のりの第一歩であるという、当たり前のようですが、中々できないことです。

 
最後の最後に、これもまた正法眼蔵の大切な一節を付け加えさせていただきます。

「悪を作りながら悪にあらずと思い、悪の報あるべからずと邪思推するによりて、悪の報を感得せざるには有らず。」



非常にに大まかですが、以上が道元禅師の教えの要諦です。

以後、禅師の教えに帰依した僧侶が結集し、一大教団へと成長していきます。

そしてその教団をさらに広く日本全土にお広めになったのが、次にご紹介する瑩山禅師なのです。

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